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朝日新聞 2010-04-04 によると、「この十年間の最も優れた書籍」として、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」という本が支持されたそうだ。( 「東大、京大、北大、広大の教師が新入生にオススメする100冊」の1位にもなっている。)
内容については、出版社が紹介文を提供している。
銃と軍馬―― 16世紀にピサロ率いる168人のスペイン部隊が4万人に守られるインカ皇帝を戦闘の末に捕虜にできたのは、これらのためであった事実は知られている。なぜ、アメリカ先住民は銃という武器を発明できなかったのか?彼らが劣っていたからか?ならば、2つの人種の故郷が反対であったなら、アメリカ大陸からユーラシア大陸への侵攻というかたちになったのだろうか?
否、と著者は言う。そして、その理由を98年度ピューリッツァー賞に輝いた本書で、最後の氷河期が終わった1万3000年前からの人類史をひもときながら説明する。はるか昔、同じような条件でスタートしたはずの人間が、今では一部の人種が圧倒的優位を誇っているのはなぜか。著者の答えは、地形や動植物相を含めた「環境」だ。
たとえば、密林で狩猟・採集生活をしている人々は、そこで生きるための豊かな知恵をもっている。だが、これは外の世界では通用しない。他文明を征服できるような技術が発達する条件は定住生活にあるのだ。植物栽培や家畜の飼育で人口は増加し、余剰生産物が生まれる。その結果、役人や軍人、技術者といった専門職が発生し、情報を伝達するための文字も発達していく。つまり、ユーラシア大陸は栽培可能な植物、家畜化できる動物にもともと恵まれ、さらに、地形的にも、他文明の技術を取り入れて利用できる交易路も確保されていたというわけだ。また、家畜と接することで動物がもたらす伝染病に対する免疫力も発達していた。南北アメリカ、オーストラリア、アフリカと決定的に違っていたのは、まさにこれらの要因だった。本書のタイトルは、ヨーロッパ人が他民族と接触したときに「武器」になったものを表している。
著者は進化生物学者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部教授。ニューギニアを中心とする長年のフィールドワークでも知られている。地球上で人間の進む道がかくも異なったのはなぜか、という壮大な謎を、生物学、言語学などの豊富な知識を駆使して説き明かす本書には、ただただ圧倒される。(小林千枝子)
「人種が差をもたらす」という人種主義者に比べれば、「環境が差をもたらす」という環境主義の方がよほどまともだろう。しかもそれは、ダーウィニズムとよく似ているから、支持されても当然だ。
しかし、私はあまり賛同できない。「環境がすべてを決定する」という発想は、あまりにもご都合主義過ぎる。この点は、「ダーウィニズム批判」の形で、私は進化論のサイトで述べたことがある。( → クラス進化論 )
人類史についても、私は同様の立場を取りたい。
「環境が差をもたらす」という環境主義は、必ずしも成立しない。なぜか? そもそも、「欧州だけが優れていた」という発想は成立しないからだ。
仮に「環境のせいで欧州だけが優れていた」という説が成立するなら、欧州は最初から優れていたはずだ。しかし、人類の 2000年の歴史を見れば、1世紀から10世紀ごろまでの千年間には、欧州は優れていなかった、とわかる。むしろ、中国やアラブの方が優れていた。欧州が優れていたのは、ここ数百年のことにすぎない。
そして、この数百年のあいだに欧州が優れていたのはなぜかといえば、単に「アラブや中国はあまり発達しなかった(できなかった)」というだけのことだろう。
一方、日本はかなり発達した。学問も十分に発達した。数学も、江戸時代には日本はかなり発達した。だから、明治になって開国すると、たちまち西洋文明を自家薬籠中のものとして、一挙に文明開化が進んで、欧州に伍する国となった。それというのも日本ではもともと文明が発達していたからだ。
政治的にいえば、日本は欧州よりもずっと進んでいたとも言える。奈良時代や平安時代の日本は、国民が幸福に暮らせていたという点で、欧州よりもはるかに優れた政治制度であった。(仁徳天皇のかまどの話を参照。 → 検索 )
ここ数百年のあいだに、欧州が発展したのは、欧州人が優れているからではなく、環境のせいでもないだろう。単に、「多くの国が交流していた」からにすぎないだろう。つまり、交流圏があったからだ。その交流圏に日本が参加すると、たちまち日本も欧州同様のレベルに達した。(明治時代)
以上が私の考え方だ。ただし、だからといって、上記の書籍をおとしめるつもりはない。「考え方の違いがある」という立場で、上記の書籍を十分に認める。私が本項で述べた短い話よりも、圧倒的に多くの内容が含まれているし、それらについて批判するつもりはない。
本項では単に、上記の書籍とは別の見解を示したにすぎない。「こういう考え方もあるよ」というふうに。そして、その根本は「環境が決める」という環境主義への批判だ。
私としては、どちらかと言えば、「偶然が決める」という立場を取りたい。歴史の流れがいくらかズレていれば、アラブではサラセン帝国(イスラム帝国)のあとに、近代文明ができたかもしれない。中国でも、近代文明ができたかもしれない。アラブや中国は、1000年前や 2000年前の時点では、欧州よりも優れていたから、その後も十分に発展できたかもしれないのだ。……ただ、実際には、自壊したり、停滞したりした。これらの文明が発展しなかったから、結果的に、欧州の文明ばかりが目立ったのだ。一方、日本では、文明は、自壊も停滞もしなかった。そこに欠けていたのは、「他文明との交流」だけだった。
こういうふうに認識すれば、「環境が差をもたらした」というような認識にはならないだろう。そもそも前提である「欧州ばかりが発達した」という認識からして、いくらか狂っているからだ。
- [ 補足 ]
- ついでだが、「人種の差は影響したか?」と問われれば、私は「イエス」と答えたい。ただしそれは、「白人が優秀だ」という意味ではなく、「白人が残虐だ」という意味だ。
異民族の征服という現象は、古今東西で起こったが、異民族をほとんど滅ぼすというのは、白人だけがなした。インカ、アボリジニ、アメリカ・インディアンなど。
一方、モンゴルの騎馬民族にせよ、日本の戦国時代にせよ、征服した相手を滅ぼすということはしていない。また、白人がアフリカで黒人を奴隷にしたようなことも、なしていない。
白人がインカを滅ぼした理由は、白人の優秀さよりは、白人の残虐性にあると言えよう。……ま、いくらかはね。(実際、白人の男性ホルモンの量は多いので、残虐性や攻撃性が強くても不思議ではない。)
(インカを滅ぼした際の残虐性については → Wikipedia )
本書は、「白人がインカなどを制圧したのは、当時の白人が優秀だったからだ」という認識を前提としている。その前提の上で、「優秀だった理由は、人種ではなくて、背景となる環境だ」という立場を取る。
しかし私は、「当時の白人が優秀だったから」という前提そのものを疑う。なるほど、鉄と軍馬でインカを制圧できたのは、優秀だったことの理由となる。しかし、人類史上において、戦争は数限りなく起こり、勝敗も数限りなく起こった。そこでいちいち「人種の差で優秀だった」とか「環境の差で優秀だった」とか唱えても、無意味だろう。戦争があれば、どちらかが勝つのは当然のことだ。
白人がインカに勝利したこと自体は、さして意味はない。勝利そのものが問題なのではなくて、勝利のあとの出来事が問題だ。つまり、勝利したあとで住民を滅亡状態にしたということが問題だ。
もし白人が残虐でなければ、住民をの自国領に組み込んで、植民地を文明開化させたはずだ。現実にはそうではなかった。インカ人を滅亡状態にしてしまった。アメリカでも、インディアンを滅亡状態にしてしまった。オーストラリアでも、アボリジニを滅亡状態にしてしまった。
これらは白人の優秀さの証拠ではなく、白人の残虐さの証拠だ。そこに白人の「優秀さ」を見出すという前提そのものが狂っている、と言えるだろう。
ローマ人は、征服した土地の住民を虐殺しなかった。ウイリアム征服王も、住民を虐殺しなかった。ナポレオンも、住民を虐殺しなかった。要するに、白人は、白人という範囲内では、虐殺をしない。しかし相手が白人でないと、虐殺する。
文明の滅亡が起こる理由は、征服者の優秀さによるのではなく、征服者の残虐さによる。そこにある本質は、異人種に対する人種差別だろう。(人種差別を批判するという立場では、本書の著者と、私とは、似た立場を取る。)
なお、注意。どうやって住民を滅亡状態にさせたか、ということだが、これは、直接的に虐殺したという意味ではない。病気が蔓延したという意味だ。
そして、これは、「白人には免疫があったが、インカ人には免疫がなかった」というよりは、「白人がインカ人を酷使したので、インカ人は免疫力が著しく低下したせい」と考える方が道理が通っている。
つまり、白人が滅亡しなかったのは、免疫があったからではない。免疫なら、2009年の新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)からもわかるように、1年間で免疫は付く。人種間の違いなどは存在しない。
ではなぜ、インカ人ばかりが感染したか? インカ人に免疫がなかったからではない。(免疫がなかったのは1年目だけだ。) 根源は、インカ人の体力や免疫力が著しく低下していたことだ。その理由は、白人による酷使である。これが結果的に、インカ人を滅亡状態にさせた。
鉄や軍馬は、戦争の勝利を意味するだけだった。戦争の勝利のあとで、文明や住民を滅亡させたものは、白人の優秀さではなく、白人の残虐さであった。……それが私の見解だ。
[ 付記 ]
「この本を買うべきか?」
と問われたら、私としては「イエス」と答えたい。多くの人々が1位に推しているのだから、十分に、買って読む価値はある。
ただし、それを盲目的に受容するべきではない、というのが私の立場だ。本書の価値は、ダーウィニズムの価値に似ている。それを知るべきか否かと言えば、知るべきである。ただし、それを全面的に正しいと思い込むべきではない。
「環境が進化をもたらす」
という発想は、まったくの間違いだとは言えないし、そういう発想を知っておくことも大切だ。ただし、それですべてが済むと思い込むのは、危険である。
とはいえ、ダーウィニズムや本書のようなアプローチを知っていおくことは、それなりに基礎知識として有益である。その意味でも、買って読む価値はある。(全面的に受け入れるべきではないとしても。)(とにかく、他の下らない本を読むよりは、はるかにマシです。)
【 関連サイト 】
上記の書籍について、論評や解説をしているサイトを示す。
→ http://wiredvision.jp/archives/200507/2005071305.html
→ http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2008/05/google_earth_905c.html
→ http://www.horagai.com/www/book/read/rd2001a.htm#R006
【 関連項目 】
実は、私が興味をもつのは、上記の書籍のような「1万3000年にわたる人類史」ではなく、「1万3000年よりも前」である。
つまり、「文明ができてからの歴史」ではなくて、「いかにして文明ができたか」という「文明以前」だ。それは「文明がない時代」のことではなくて、「文明が形成されつつある時代」だ。それはまた、「言語が誕生しつつある時代だ」
この件については、別項で述べた。
→ nando ブログ 「土器と言語 (言語の発生)」
→ nando ブログ 「文明の西進」
また、近世の歴史についても論じている。
→ nando ブログ 「封建制とは(歴史学)」
これらの項目を読めば、重要なことがわかる。
欧州人は、「ギリシア文明に発祥する西洋文明は素晴らしい」と思い込んでいるが、その思い込みは独りよがりにすぎない。ギリシア文明に発祥する西洋文明とは、エジプトやメソポタミアの文明を引き継いで発祥したものであり、それらはまた、中国の文明を引き継いで発祥したものだ。西洋文明は独自に発祥したものではない。直接的には、エジプトやメソポタミアの文明を引き継いでいる。その影響は多くの点(神話など)に見られる。また、言語レベルでは、エジプトやメソポタミアの文明は、中国文明の影響下にあると推定される。
簡単に言えば、地球上の人類は一体となって発展してきたのだ。地域別に孤立して発展したのではない。
太古の人類が、アフリカから、中東を経て、北は欧州へ、東はアジアからベーリング海峡を経てアンデスまで達した。人類は東進した。そのあとで、東のアジアから、中東を経て、西の欧州へ、文明は西進した。……人類は基本的には、相互的な影響のもとで発展してきたのだ。
その意味で、「西欧文明はなぜ優位に立つか?」という著者の問題提起は、問題そのものが間違っている、と言えるだろう。西欧文明というものは、それ単独で成立したものではなく、メソポタミア文明や中国文明の上に成立するものなのだ。そのことをすっかり失念しているからだ。
正しい問題提起は、「西欧文明はなぜ優位に立つか?」ではなくて、「西欧文明はいかなる文明の上に成立したか?」であろう。そういう問題提起をすれば、「おれたちは優位に立つんだ」と威張るかわりに、「おれたちの優位は人類の多大な歴史の上に成立するのだ」と気づいて、謙虚になれるはずだ。
( ※ さらに詳しい話は、上記の「文明の西進」などのページを参照。)